できごと

包括的な母子支援や家事援助について

自分が何がわかってないかもわかってないので考えてみる・・・。

 

子どもの頃のことだけが体の中に満ちていて、

誰にもそれを言う必要がないと思っていたのは、2016年までだった。

里親の機関紙「新しいふれあい」を見つけて(団体のイメージを持たず、

団体などがあるとは考えたこともなかった)、私に何が足りなかったか

わかり、少しずつ心に広がりが生まれていった。自分をはぐくみ育てること

と、小さき誰もいない子や必要な子へ里親が見つかるよう、祈ることが

できるようになった。また一歩ずつ、包括的な母子支援のことも、

まずは知ることから始めた。

 

一緒にいた子が今どうしているか、気になることがある・・・

 

 

家事援助について・・・。

私は全然、何がなんだかわからないけどイメージでは

 

生活保護でも仕事をしてても、週に何度かヘルパーさんが来て、

おかずをつくってくれれば、へとへとにならずに、

子どもと過ごすことができるかもしれないし・・・

 

男女センタで読んだ報告書の「依存症女性子育て支援ネットワーク構築のために」では、たしか、

いつも非常に我慢している本人当事者たちを励まして

何をしてほしいのかを発言してもらい聴き取っていた。

書いてあったのが、おかずを作ってほしい、聴いてほしい、

困りごとをしてほしい、みたいな感じだったと思う。

 

私はその本(と書籍「その後の不自由」だったかな)で具体的にはじめて、

誰かが訪問して手伝ってくれるシステム?を活用してる事例が

あるのかな?と知りはじめた。

具体的に誰がどう来てくれるかわからないので、調べなきゃ。

大人になり長く経ってやっと知ったのは

自立支援制度→訪問看護ステーションに依頼(これをするにあたり問い合わせは保健センターのようだ)

でたぶんヘルパーさんが来て生活の困りごとを頼めるんだなと。(他にもあるか調べたい。)

母にも1人暮らしの若者にも。

(書籍「踏切に消えたナオ」で、施設育ちでパンツが1枚しかないナオにも

それを知って知らせたのは友人で、ヘルパー的存在はいなかったと思う。

保健師さんの描写はあった)

 

・・・かつて、私が子ども・少女だったころ、家事援助を

よく知っている大人や、広報に取り組んでいる大人、

知らせてくれる大人は、見あたらなかった。

(DVのカードパンフに家事援助とか載ってないかな)

 

里親に行ける子どもはまだ2割ぐらいだという。

養育費を支払ってもらえるひとり親は、2割ぐらいだと聞いた。(諸外国では8割の国々もあるそうだ)

兵庫県明石市が、

養育費立て替えの取り組みをしてくれてる。大阪と東京も始めるらしい。

ほんとに最近の話らしい。うれしい。

 

・・・・・

 

私がほかの誰か達の生活を気がかりな理由は?・・・

・・・どこでも、荒れていたり沈んでいた同級生や子どもがいたため、

たぶん、暮らしに何かどこか大変さがあったのではと。

里親団体の機関紙で、里親さんの元で過ごす里子さん養子さんの、

素敵な事例をたびたび読む。

おそらく、虐待された過去を持ち、複合的な困難を生き抜きながら、

試行錯誤して、母と子どもで暮らせるようになった方達も

見えづらいだけで、少なからずいる。

それがもっと一般に知られるようになれば・・・。

諸外国のように8割が養育費を立て替えなどで支払われるようになれば、

家事援助の取り組みももっと一般に知られるようになるのかな

家事援助について書かれた本を探してみようと思う。

DVを受けている方や子どもを施設に預けた段階ですぐ

家事援助についても知らせているのか知りたい。

 

(里親関連本をたくさん読んで自分を育んでから、私は、

世代的な困難を持ちながらも恢復をはじめて母子で暮らそうとするような方や

親元から出てシェルターへ行くような子どもや、DVなどを受けた母子のことも

まず知りたいと思うようになれた。

たとえば、赤ちゃんを育てたいか迷う若い女性には、必要であれば

里親制度から母子施設や家事援助まで、わかりやすく伝わって欲しいと思う。

家事援助については、実際に身近な先輩仲間が家事援助を活用してる例が

あれば、スムーズにわかりやすいと思う。

私の場合は、指定難病になって家事援助が要るようになるまで、

漠然としたイメージしかなく、肯定的に感じられなかった。

それと自分の課題として、家事援助を知ると、沢山の皆がすでに

家事援助を知って活用しており、知らなかったのは私だけという感覚になる。

あるいはそんなに必要な制度ではない、みたいな感覚をもつ・・・謎。

けれど放浪したり、受刑したり、体調をとても崩す前に、

家事援助等はもっと活用されてほしい。

 

何がなんだかわからない・・・という感じがしんどいので心を探ってみた・・・。

福祉について基礎的なことがわかれば、私は祈ることと、息長い母子支援や、当事者の恢復の物語を一歩ずつでも

知ろうとすることができる・・・。

里親が必要な子どもは里親が見つかり、家事援助や包括支援が必要な方にはそれが見つかり、

全ての一人ひとりに本人に合った福祉が見つかりますように。)

里子さん養子さんの話を読むのがうれしい。

大人は里親制度を教えてくれなかった。

私の怒りは多分凄まじい・・・

小さな子の世話をしなければならなかった状況を思い出す。

危機的な状況だったと思う。私は自制心を保ったが、

世話をしないといけない状況が多すぎて、そこに一人の

子どももいないような、小学生以下であっても大人しか

いないような感じだった・・・沢山の子達の、大人のような顔・・・

全く本当の大人に守られていない様子・・・

 

大人になった里子さんや養子さんの話を読むのがうれしい・・・

本人が自分の道を見つけたりする話・・・。

 

自分を愛し、自分のあゆみを見出す。

子どもがそうなれるように。それが里親さんが子どもへして下さること。

 

私、もう少しで、起きた色んなことを嘘だと心で言い続けなくてきっと良くなる。

ぼーっと無表情で動物のように暮らしてた子のこと、なんとか、嘘だと思わないでいられるようになれる。

週末里親さんのところに行ってみたいと自ら希望して、候補に挙がってきた子どもが多かった話

あたらしいふれあい2020年2月号を読んだ。

7ページに『例年に比べ、「週末里親さんのところに行ってみたい」と自ら希望して、候補に挙がってきた子どもが多かった。』とあり冬季2泊3日里親事業の様子が書かれている。

 

小学5年のマユちゃんという子ども。保護者との交流が殆ど無く、自ら里親さんを希望し、里親さんとの初回面会でマユちゃんは沢山の疑問や不安を質問していたのだそう。施設へ戻ってからは、里親さん宅での思い出を語った。家にトイレや浴室表記がなく覚えるのが大変だったこと。オムライスのご飯を落としたが「失敗は誰にでもあるよ」と言ってもらえ安心したこと。洗濯してもらった服にそのおうちの匂いがついたので、着ないでとってあること。また行きたいことも、里親さんにも施設関連の方にも伝えたのだそう。

 

結びは、マユちゃんのように自分も里親さんを探してほしいと発信できる子どもが増えてほしいという言葉がつづられていた。

私も、この祈りのような言葉を祈りたい。。

 

他にも、生後1ヶ月で愛の手欄に載り、生後4ヶ月で養父母のもとへ迎えられたふくだももこさんという映画監督の映画『おいしい家族』の上映と、ももこさん、養母さん、家庭養護促進協会の岩﨑さんのトークイベントの話。そして養子さんたちが集まる「子の会」のことも、ふれあい紙に載っていた。

読めて私は本当によかった。この良さを伝えるのがとても難しい…『あたらしいふれあい』紙、東京ウィメンズプラザや愛知県などの男女参画センター、にあったりするので、ぜひ読んでみてください!

車椅子を使う事になったけど誰もいない子たちの事のが気にかかる

諸事情で車椅子を使う事になった。私は大丈夫だけれど、思い出すのは、誰もいない子どものこと・・・。

 

里親が見つかりにくい子どもたちのことを思う・・・。

『はらっぱ』のNO.172を読み返す。こういうことが書かれてる。

(たぶん治療施設を含む)全ての子どもの施設にはアドボカシー事務所のポスターが貼られているということ。

外国でも日本でも、自分にも里親がほしいと言って、里親が見つかったいくつかの例を思い返す。里親さんが必要なすべての子どもに見つかってほしいと祈る・・・

 

私は大人になってずっと後で、好きな里親さん団体と会報を知ったし、日本で母親が養育費をもらえているのは2割しかいない事を知った・・・

諸外国はもっと女性支援やシェルターや母子への福祉も広がってるのだそう。

スポンサーシップの方法も私は良いなと思う。母と子どもがともに来られる母子プログラムもずっと少しずつ関心をもって応援していたい。なにしろ、子どもの施設ではこういう情報が欠乏してたりするし、里親にしろ母子プロにしろ、何にせよ、かたよらずその本人に合ったものに、つながれてほしいと思うから・・・ 子どもは施設にすし詰めでいるので、誰が誰だか分からない状態でない、そんな状態にしない、色んな福祉を応援してたいし知りたい。

 

ただ子どもだけの施設にすし詰めにされている時は知らなかった、外の福祉的な様々な世界。

ttps://mainichi.jp/ch150911229i/あなたの愛の手を

ここはずっと、里親さんが必要な子どもを掲載してくれている。

「親が育てられない子どもを家庭に! 里親連絡会」では、里親情報を網羅したフォスターケアメールマガジンを受け取れる。

「虐待された少年はなぜ、事件を起こしたのか」の後半には(入れ替わり立ち替わりの子どもは少ないほうがいいと思うけど)ずっといていい場所の話も書かれてたのでもう少し読んで追記してみたい。

 

 

 

様々な支援、福祉を知る事が出来て本当に良かった。

依存症を持つ方のための母子プログラム、里親制度、女性福祉、あらゆる人への人権と福祉について、少しずつ知ろうとする事が私にとってとても重要と感じ、多くの、実際にそれらの近くにいる方々や本人の語る文章を読もうとしてきた。今は、少数の方々が粘り強く行動して下さっているような状態であり、すべての福祉が普及するのは、まだまだこれからなのだと度々思う。

 

あらゆることを非難しないよう心がけ、愛情深く自分を支え育てる言葉作り、人生育てをするのは重要だ。さらに私は児童期にたくさんの事を断れず、今も体の治療などで断りづらい事もあり、どの人とも、自分自身とも、どういうものがちょうど良いのかがとてもわかりづらく、学ぶことの連続。

何かと試行錯誤の多いこの人生だけれど、一歩ずつ歩めていると感じる。

私の内部に、実母さんへの支援と里親制度のどちらも応援する心があり、互いに対立しやすい内面の構図、葛藤がある。私は、自分を追い込まず有機的で弾力的な目と心でみようと思う。

 

どちらも大切と思う。様々な支援、福祉を知る事が出来て本当に良かった。どちらももっとスムーズに、必要な子どもと女性、あらゆる人に伝わってほしいと祈る。

養育里親制度も実の母と子どもへの支援も発展している諸外国、ってどんな感じなんだろう

こどもの頃に、依存症の起きる背景、もしヨーロッパなら集団訴訟が起きるぐらい日本の依存症者への人権対応がない事、シンナーや薬物等を使うに至る背景への洞察、里親制度などを全部私に知らせてほしかった。

私はまだどこかこどもで、そのこどもの自分に知らせたいとおもう。今私は大人なので、言葉で自分に伝えてるけど、私の一部は本当にちいさなこどもなので、その子と接する時は、沢山の言葉を使わないようにしてる。

 

 

ある里親団体の方は「委託の子どもが受刑しても守りきれるか?」と言う程までに覚悟を問うのだという。(たしか書籍『赤ちゃんの値段』p95ぐらい)

 

私は辺境ブログからでも叫んで、粘り強く対応しつづけてる里親さんにも(10代の私にも)日本の人権福祉の意識や包括対応が、まだまだ前進の途上にあって、ヨーロッパと違ってほぼ様々に人権福祉がない中で、誰にしても生きるので、(もし非常に大変なのだとしても)それは個人の問題だけじゃなくて、日本社会的な問題もあるのだと、伝えたい。諸外国の人権的な福祉の感じに少しでも接したら、なるほどと私は腑に落ちて、体が息を吹き返して力が沸き起こったと思う。

 

私は里親制度を基盤の基地にして、思考や想像を展開してく。里親団体の機関紙で初めて、大阪のみんなの学校を知って上映会を観に行ったりした。このような小学校の存在にうれしい驚きを感じたし、今私は過去に戻れなくても、どこかでみんなの学校の大人のようにこどもの自分に接する事を学べてうれしい。

いくつもの分野の書籍に、「大きな犯罪は減っている、ニュースで流すので増えていると感じさせられるが」、と書いてあるのも覚えてる。

 

(どこの本か忘れたが)養子は減っている、母子への支援が満ちたから、という内容を述べている翻訳本があった。この内容を気にかけている、私は遠くから少しずつ勉強したい。

里親制度については7割ぐらいの国も多いと思う、フォスターファミリー、のような名前が付いていて、福祉も発展しているから、子どもも地域で親代理のもとでケアできやすいのかな、とイメージしてる・・・

心のどこかで私は養育里親が増えてほしいと思っているから。外国の、養育家族、養育親、みたいな一歩ひいた実際的な言葉はわかりやすくていいな。養育里親を、私はつい里親、と略してしまうから、ふる里のような感じを強く持ってしまって。子どものための養育親、という感じが現れてるほうがいい。数や名前であれこれ思い惑う。養親、という言い方は日本にもあるけど・・・。施設でなく、養育里親制度も実の母と子どもへの支援も発展している諸外国、ってどんな感じなんだろう。(実の母への支援が満ちれば、里親や養親が必要な子は減ってくのかも。そのほうがいいと思う。それでも里親・養親が必要な子はいて、私はむやみに幾つかのものを心の内側で戦わせなくていいと感じたい。)

 

 

母子プログラムのキャンプやヨーロッパの人権意識について

私はキャンプが好き、

里子・養子のキャンプも、母子プログラムのキャンプも。

(私は実際行った者ではなくいいなと感じる側)

大人の私は、小さなひとり旅を時折するのが好き。私の旅は、自分を見つめ育てる放浪の旅。上記2つのキャンプは、仲間同士で継続して会える機会だし、(無理せず)楽しみを作り出す機会だと感じ、いいなと思う。

 

何かの書籍で(あとで書き足します)、今まで施設にいたことのある子の総合人数は、何十万とかもっといたと書かれてた気がする・・・。その子どもたちや周囲の大人や若者で、里親制度も母子プログラムの事も、あまり知りづらい方はいるのではと思う・・・。知りたいのが私1人きりって事はない筈。私がまずどう思っているのか、言葉にできるようになりたい。

 

私は大人達に非行とされ厳しくされる子どもを見聞きしてしまい、何もできないと感じ非常に苦しかった。どの子どもも、大人達に非行と言われる子に学校などで会う事がありうる。子どもだけの建物でもそう。

 

そして、依存症の方は被虐待などの生育歴がある事も多く、子どもとして過ごせなかった子ども期がある実母さんは、子育てに難儀し、施設に預ける事もあるそう。

 

諸外国ではアルコールやシンナーや薬物依存などを罰さず、病気と理解して支援を展開する事で、回復者が増えているとのこと。

 

依存症者を病気ととらえ支援を展開して回復者を多く出しているヨーロッパから、依存症者を厳しく罰する日本のやり方はよくないのでは?と視察に来たこともあるそう。(情報源読み返し書き足したい)他にも、薬物依存などを犯罪として罰するだけのやり方しかないのは、人権侵害だ。ヨーロッパでは集団訴訟が起きる。という内容を視察者が言ってくれていたと伝える文もあったと思う。

 

私の子ども期に、人権について語ってくれる人はいなかった。

 

大人になってから知り始めた、日本の依存症を持つ大人女性の施設について自分なりに勉強して書いてみたい。

そこは、通所・入所の仲間たちで、自らの事を語れる「ミーティング」がある。子どもを連れて来られるような「母子プログラム」があり、母子が集って出かけたり、キャンプへ行ったりする。

依存症の方がどこで回復していくかというと、似た仲間がいて、依存症をオープンにできる所、だったと思う。依存症が病気とちゃんと理解された所での、生活に根ざすような支援が、役立つらしい。

 

私個人は、特に先の展望のないままの大舎の児童養護施設暮らしは辛いと感じていて、(ひとまず里親制度はおいとく)上記の取り組みを世間がもっと知って親御さんに広く伝えて欲しい感じがする。

 

依存症に関する、病気だという視点や、非常に難しい子ども期を過ごした事が依存症のリスクになる、という視点は、施設内の非行とされてしまう子どもも回復に導く視点だろうし・・・

かつて、非行者とされた側の子の苦しそうな様子を見て悩んだ子にも、役立つ視点と思う。

諸外国は人権の視点が強い、自分もその視点をもとう、と感じられると、一息つける。

(この記事は、まだ良く書けてないと思うので直すかも、ご容赦を)

 

祈りと観照

もしもあの小さな子ひとりのことだけでも、自分が本当に人間の気持ちで遠くから祈れたら、とおもってる。

本人が、何か合うものを見い出してくれればと・・・。

私は本来何か特定のものを勧める位置になく、里親応援も母子プログラムやシェルター・女性福祉応援の心も、それが必要な人がいるが知らされていないという思いや、基本的人権が守られてほしい思いがあって書き、自分のとらえ直しのためにも、文にしているだけで・・・

何でも、本人に合ったものが見つかり、人権が守られ、本人に決める力が育まれますように・・・。

 

私の苦悩は、子ができてしまったら養子に出したい突き詰めた気持ちをもつことで、この世の体に住みながら子を欲しがらない自分の人生とは、と探求してる

自分が子産みするのを疎む心を感じる時、自身を追い込んだり他者批判にならずに、自分個人の人生に流れていく心でいたい。夢見がちな私は大空を鳥のように飛んで行きたい。

 

 

自分の体と心を内側から見守り、超えていくというのを人生の目標、道しるべにしてる。勉強して、選択し、自分を慈しむことをし、悔いについて祈りながら、1日を見守りたい。喜怒哀楽を超えていくというのを気に入っている。

 

私の、自分が産むのを強く律する心、それを罰さずに、おだやかに心を観照したい。見守ると、落ち着いてくけど、落ち着きたくて観察してるのでなく、最初は、自分にとって凄まじい出来事からの解離として、始まったと思う。

里親制度も実の母子への総合的支援や同行支援の事もよく知りたい

子どもの頃、子ども達が暴力のようなものやネグレクトのようなものをされているのを見ても私はどうすることもできなかった・・・。

大人になってから里親制度を知ることから始まった。

そして確か『赤ちゃんポストと緊急下の女性』という本に『小さな子達の保育をしている所(幼稚園か保育園だったか)が赤ちゃんポストを作り、さらに母子支援の施設も作った。予防教育もしている。仲間同士で赤ちゃんポストに反対意見もあるがどれも支援です』という内容が書いてあった。たぶん、赤ちゃんポストも母親の側も、批判されたりするのだろうけど、赤ちゃんポストも母子支援の施設も予防教育もやっている事が、すごいと思う。

内心で私が煮詰る時、このような視点でもいたいな。

 

日本でも赤ちゃんポストや里親の語は多分、前より知られるようになった・・・と思う。私はもう一歩知ろうとしたい、実の母と子を総合的に支援し同行支援したり主体として生きていけるようエンパワメントするような包括的支援についてもよく知りたい・・・。

ブログで書こうとする時にとても何か心が苦しんでしまうので、書いて自分の理解を促したいし、他者のことを考えられるようになりたい。書くのが難しいと思うところでいくつかつっかえる。

 

知り始めてきた事を、辺境メモブログで書き留めようとする時ですら、本当に苦労する。暗闇を足掻くように生きてきて、私が里親制度を知り始めたのが2016年。実母への役所などへの様々な同行支援・様々な生活支援を知り始めたのが2018〜2019年ごろ。とくに、知られにくい回復してきた方々の言葉や、困窮する状況を経て実際に喜びある自己自身の人生を培っている方々の言葉や伝える文章も、読んだり知ったりしていきたいと思う。

 

(揺れる幅のある書き方になるのだけど)里親へ行く必要のある子どもさんが全て里親のもとへ行けて、シェルターや母子のプログラムや同行支援・息の長い支援などにつながる必要のある母親さんが全て(母子プロや同行支援などに)つながり、難しい状況の方もねばり強く支援してもらえてほしい。

 

まず私は、ねばり強い里親さんのもとでの子どもの暮らしや、そこで育った方々の言葉、知られ難いがたくさん実在する素敵な語りを読んできた。

そして私個人については、里親さんのところへ行きたかったと語って自覚する事と、里親制度を知りたかったと意識して知る事を重要視してる。

 

次に、これも見えにくい、息の長い母親支援につながりながら、(実母さん自身の)むごい子ども時代をケアされて、主体的に回復していく母と子の暮らしの語りも、読んでいきたい・・・

(この2つのどちらともスムーズに知られている環境に、私は育たなかったから。どの支援もスムーズに知られている環境が欲しかった渇望がある。それに、あの建物内の沢山の子ども一人ひとりのニーズが何か、私は把握する立場にない。)

 

書籍『跳べ!はぐれ鳥』と、報告書『依存症者に対する地域支援、家族支援のあり方についての調査とサービス類型の提示』と、報告書『依存症女性子育て支援ネットワーク構築のために』と、『DV調査報告 DV被害者への同行支援を<見える化>しました』(https://www.werc-women.org/index.shtml このサイトで読めます)などなどについては書き方に気を付けながらここに書いてみたい。自分の言葉で、勧める理由をくっきり書けたら良いなと思うし、私の言葉より、その書籍・資料そのものをもし読んでなければ読んでほしいなとかなり思う。引用はしづらい資料でもある。個人的な内容があるし、それに一部分を切り取ると全体の文脈と離れてしまう気もするから。

 

書籍『赤ちゃんポストと緊急下の女性』でも『あたりまえの暮らしを保証する国デンマーク』でも女性福祉や女性施設の事が、もっと身近に一般に知られている感じ。なので、暗闇を進んで、様々に重要だと感じる書籍や資料や会報や言葉に会うと、私はうれしい。光がこころに灯る感じ。

 

 

兵庫県明石市の養育費立替払い事業

私は勉強中の身の上で、6月21日にはじめて、養育費 国が立て替える スウェーデン で検索して、養育費を国が立て替え、支払う取り決めの者から徴収する制度がある事が長期記憶に入った。検索したら、日本の兵庫県明石市でも養育費立替払い事業をはじめているとあった。

諸外国に養育費を国が徴収する制度があるため養育費が支払われている数が多い事のみ、1年前頃に自分の長期記憶になっていたのだけど、国が立て替えるやり方を知ったのと、日本でも行われているところがあると知って嬉しいです。応援しています。里親制度に親和性のある大人や若者で、養育費を国が立て替えて徴収する制度も知りたい方は私以外にもきっといると思い、書きました。

 

記事が無くなる事もありそれは嫌なので、引用します。

https://news.yahoo.co.jp/byline/yuasamakoto/20181013-00100196/

引用ここから〜

 

養育費からの「逃げ得」による子どもの”養育放棄”を許さない 兵庫県明石市の社会実験に注目

湯浅誠  | 社会活動家・東京大学特任教授2018/10/13(土) 8:13

 

明石市が、またやった
「子どもを核としたまちづくり」を掲げ、子ども関連施策を次々と打ち出してきた明石市が、またやった。

今度は、養育費の立替払い事業だ。

「ついにここまでやったか」との感慨を抱く。

 

デリケートな養育費問題に切り込む

子どもはカバンじゃない。『どっちが持ってく?』っていう話じゃない」というのが、明石市長・泉房穂(いずみ・ふさほ)氏の口癖だった。

そして2014年、自治体として初めて「こどもの養育に関する合意書」をつくり、役所に離婚届を取りにきた夫婦に渡す取り組みを始めた。

離婚家庭における養育費は、デリケートな問題だ。

離別した元夫(注1)が、取り決めた養育費を支払わない。そのことが母子家庭の貧困の原因の一つになってきた。

その事実は、長く指摘されてきた。

でも、諸外国のような制度は整えられてこなかった。

「離婚を促進し、家族を壊す」という声が、隠然たる力を持ってきたからだ。

 

スーパーウーマンはワーキングプア

日本のシングルマザーの就労率は先進国トップクラスだ。

しかし、母子家庭の貧困率は先進国最悪だ。

そしてそれが、子どもの貧困率を押し上げてきた。

シングルマザーは、家事も育児も仕事もする「スーパーウーマン」だ。

同時に、働いても貧困という「ワーキングプア」の典型のような存在でもある。

「スーパーウーマン」が「ワーキングプア」でもある、というシュールな現実が、この国にはある。

 

国レベルに押し上げた後、次の一手に着手

明石市の「こどもの養育に関する合意書」は、そこに風穴を開けた

おもしろく思わなかった人たちはいたはずだ。

それでも2016年には、国は合意書を普及させ始めた法務省ホームページ参照)。

今回、そこからさらに一歩踏み込んで「養育費立替えパイロット事業」を開始した。

自治体発の取組みを国レベルに押し上げたところで、次の一手に着手したのだ。

筆者が2年前にインタビューしたとき、泉市長は「将来的には養育費の立替え支給も検討していきたい」と語っていた。

有言実行したわけだ。

かっこいい。

 

スキームはこうだ

「養育費立替えパイロット事業」のスキームはこうだ。

離婚の際に取り決めた養育費が月1万円と仮定する。

1)まず元妻と保証会社が契約を結ぶ。そしたら明石市が会社に年間保証料1万円を納める。

2)約束された養育費が支払われなかった月は、保証会社が母子家庭にその1万円を立替払いする。

3)保証会社が元夫にその1万円を取り立てる

明石市が負担するのは、年間保証料の1万円のみ

もし養育費が支払われなくても、明石市が追加の負担をすることはない。

元妻は年間最大12か月分、つまり12万円の立替えが受けられる。

元妻と保証会社の民間同士の契約がベースで、保証料部分だけを明石市がサポートするという仕組みだ。

 

泣き寝入りが常識?

一度取り決めた金額が支払われなかった場合、それを元妻が自分で取り立てることは容易ではない。

裁判も起こせるが、膨大なエネルギーがかかることはすぐに想像がつくだろう。

結局泣き寝入りというのがこれまでの「常識」だった。

養育費をアテにしていたら「バカじゃない?」と言われかねなかった。

おかしなことだ。

だから、その状況を変えようとしている。

元夫にしてみれば、元妻に取り立てられるよりも、保証会社に取り立てられたほうが「こわい」。

徴収力を強化し、子どもの”養育放棄”を許さないというのが、今回の取組みの本義だ。

 

養育費不払いはネグレクト?

「養育放棄(ネグレクト)」という言葉を使うのは、強すぎるように聞こえるかもしれない。

言うまでもなく、養育費は成人するまでの子どもの育ちのためのお金だ。

2人でつくった子どもの育ちは、たとえ別れても2人で責任を持つ。

民法も「(養育費等の取り決めは)子の利益を最も優先して考慮しなければならない」と定めている(766条1項)。

優先されるべきは「子の利益」だ。

そして養育費は、夫婦が「ま、こんなもんか」と適当に決めるものではない。

子どもの人数や年齢と、養育義務者の収入に応じた「相場」がある。

裁判所が「算定表」を示してもいる。

子どもの育ちのために、養育義務者が果たすべき合理的な金額が「養育費」だ。

その義務を果たさずに逃げるのは、たとえ自分が直接養育していなくても”養育放棄”だろう。

 

「元妻の生活費」でもない

同時に、養育費は元妻の生活費でもない

子どもの育ちのために使われる必要がある。

それがなされなければ、元妻も養育放棄のそしりを免れない。

せっかくしっかり取り立てても、元妻の遊興費に使われたのでは意味はない

だから、そうしたもろもろを検証するため、今回は「パイロット事業」とされている。

予算は今年度90万円。上限は月額5万円で、18世帯分。

明石市に未成年の子どもがいるひとり親世帯は約2,500あるというから、対象になるのは全体の1%未満。

これで効果を検証して、養育費支払いに効果があるか、支払われた養育費がちゃんと子どものために使われるか等々が確かめられる。

元夫が結局払わなかったり、また元妻がちゃんと子どものために使わなければ、その時点でこの試みを止めればいい

また、これで明石市の離婚が統計的に有意に増えるなら、それはそれで問題にすればいい。

でも、試してみるに値する取組み、「社会実験」だと思う。

 

国もその方向へ動き出している

課題は国も認識している。

つい先日の法務省の審議会では、養育費の不払いを取り立てやすくするための要綱案民事執行法改正要綱案)がまとまった。

これまでは、裁判で取り決めた養育費を元夫が支払わなくなっても、元妻が自力で元夫の銀行口座などの資産を突き止める必要があった。

「ここにお金がある」と立証しなければ差し押さえはできなかった。

でも、銀行は簡単に口座情報を教えない。

結局、泣き寝入りするしかなかった。

それを、裁判所が銀行や市町村に「元夫の情報を提供しなさい」と命令できるようにする、というのが今回の改正要綱案の趣旨だ。

国にもそうした方向に動き出した。

その先に明石市パイロット事業がある。

 

「家族の問題」なんだろうか?

泉市長によれば、このパイロット事業に税金を投入することへの批判もあると言う。

「家族の問題」に、役所が公金を入れるのはいかがなものか、ということだろう。

しかし、約束を反故にして「逃げた者勝ち」「養育放棄した者勝ち」という状態を放置するのが正しいとは思えない。

「家族の問題」を強調しすぎると、虐待だって「家族の問題」になりかねない。

お金の問題にしても、子どもが貧困に陥って将来にわたる影響を受ければ、そのとき投入される税金は一世帯5万円では済まない

「今年度90万円」という金額も、人口30万人の明石市の事業として不相応に大きいとは言えないだろう。

その子どもたちも将来明石市に住み続けることを目指すのであれば、安上がりという見方だってできる。

倫理的にも経済的にも合理性のある事業ではないか、と私は思う。

「木を見て森を見ない」議論に陥らないようにしたい。

 

リスクをとって切り拓く時代

すべての先駆的なアクションには、リスクがある。

他方、リスクをおそれて、すべての自治がじっとしてたら、世の中は動かない。

たしかに明石市でなければならない理由はない。

でも、明石市でやってはいけない理由もない。

暮らしのニーズがあり、それで困っている人がいれば、明石市も他市もチャレンジすればいい。

それが自治体を経営する」ということではないか。

もう国がリードして、自治体が横並びでついていく時代ではない。

先進的な自治体が実験的な取組みをし、その成果を見ながら国が採り入れ、全国展開していく時代だ

「地方創生」とは、そういうことだろう。

明石市の社会実験の行く末を注目したい。

――――

(注1)養育費を支払うのが元夫(男性)とはかぎらない。元妻(女性)が支払う場合ももちろんある。だからこの表現は正確ではないが、養育費未払いの被害を受けているのは母子家庭が圧倒的に多いという実態や、ともに「離婚した元配偶者」と表記したのでは読み手が混乱しかねないという表現上の配慮により、この表現を採用している。父子家庭の生活上の困難を軽視する意図はない。

つらさ

固有の育て親なしに、子どもが沢山の場所で小さな子が何年も暮らすのは、とても打撃だと思う・・・。私はそれを考えるのがつらい。

 

覚えるかどうかの愛着的な判断がつかないから、日々暮らす中で、大事な生活の内容、暮らし自体が積み重なっていかない・・・。一緒に暮らす人は全て入れ替わるので、食事作りのための食品をいつも同じ親が買って冷蔵庫へ入れておくこととか、残り物を次の日に食べたりすること、一緒に買い物に行って違うパンを選べること、本人の裁量でまとめて作ってお弁当にすることを知らない・・・

 

何が食べたいか聞かれて通ることもなく、子どもの心身が欲する食べ物を融通を利かせて多くもらうこともなく、調子が悪い時にすぐ、湯たんぽや氷枕や生姜湯や今食べられそうなものに変更してくれる事もない・・・もしかしたら危ないという理由で自分のハサミもない、

必要な好きなものをスムーズに個々人が買えることもない、目覚まし時計や家の時計を直す固有の大人を見ることもなく、いつの間にかに部屋の品物が入れ替わっていて機械的だったりする・・・知らない子と一生懸命暮らすのが一つの生活だと思ってしまう、でも知らない人と一つ屋根の下で寝起きする生活は、通常は無い・・・

固定の大人が石鹸やティッシュやシャンプーなどの日用品をしまう場所を見て覚えて、自分で出したり詰め替える裁量ももらえない、靴箱が決まっていて、自由に置いていい通常の家の玄関とも違う・・・

 

湯たんぽを使わせてくれた人へ何か気持ちを向けても、その時にはいなかったり、担当じゃなくなったり、退職していたりする。湯たんぽの記憶は残らない。大人側も、特定の人が見守り続けるなら、子どもが湯たんぽで調子が良くなったか見極めやすいし話も簡単につながるが、時間で人が変われば、湯たんぽや、少々の子どもの体調や、お礼の気持ちなど、小さな無用なことになってしまう、いざ本当に大きめの出来事があった時なども、把握できなくなってしまう。

 

何か日常的に大変な目にあった時(服がほつれたり毛虫に刺されたり食べ合わせで吐き気がある時)や、分からないことを聞きたい時、話したい時、通常子どもは親に言ってすぐに対処しやすいけれど、大人の誰に何を言って頼っていいかわからなくなり、言葉がなくなる。

自分で自分を育て、ほつれや毛虫や食べ合わせ、そのほか小さいことから大きいことまでを自分1人で対処するにはとても力が要る・・・

誰が誰を殴ったかわからなくなるほど大勢で暮らすし、子ども達から離れて逃げ込める静かな空間はない・・・それと通常の家庭のように少数でないから、沢山の子ども一人ひとりに何が起こってるのかわからなくて、怖い事がたくさんあった。教えてももらえない。毎日隣にいる子に手探りで対処する・・・。

長い歳月を共に暮らしてくれる固定された里親さんが増えてほしいといつもいつも思う。小さい子が数人暮らす里親宅に、難しい状態の少し年上の少年少女が来ると、年上の子達が退行しにくく、少し年上だというだけで我慢を強いられやすく、小さい子は萎縮するかもしれないから、それを踏まえてもっと、里親さんが増えてほしい・・・

 

里親制度も実母支援も気にする私の強さと弱さ

自分の感じ方について。わからない事がある。私は里親制度も実母への生活支援もどれも大事で増えてほしいという感じ方がある。そういう風に思う事を自分の強さにも弱さにも思う。
ちょくちょく、心が繊細になり、里親制度のことだけ焦点をあててあたたまっていられたらと思う。そういう時は自分に親身になり、あたたまることにしている。フォスターファミリーへ7〜8割が行ける諸外国をいいなと思う。

 

永続する固有の大人がいるのは、本当にいいなと思う。
生きていて実際に様々な出来事が持ち上がる時、ねばり強く、固定の大人がいてくれることで問題がしだいに、歳月をかけ落ち着いてゆく。子ども本人がどうしたいか実感でき、自らの人生を生きる力が育まれる。やってきた子どもを預かり育てる点では、実親も養親も変わりない。


ひとりの子どもを永続して慈しむ、それが一番のかなめなのだと思う。これが心底重要だと思うが、いつもうまく書けないで苦戦してる。
『子どもの養子縁組ガイドブック』の、子どもを引き取った後に出る試し行動や退行についての実際の話を読むと、毎回、実は、嬉しいのと怖いのとで泣けてくる。

 

子どもの行動を受け止めてくれて嬉しくて泣けるし、怖いのは、
そのような行動の出る背景の子どもだけの建物の感じをリアルに思い出したりもするから。『あたらしいふれあい』紙を好きなのも、子ども一人ひとりの、引き取った後の試し行動や赤ちゃん返りなどを受け止めて慈しむ里親さん方のことを丁寧につづってあるから・・・。

 

ここでまた、里親だけでなく自立援助ホームや母子施設関連のことを思い出すのだけど、、。

 

勉強中の身の上でも、人として少しずつ少しずつ関心を持ち続けていくことはできる・・・。


里親さんについて読みたくて、ふれあい紙などもさかのぼり、自分を慈しめるよう充分に読んだので、ニーズが満たされて、実母、女性福祉についても考えるゆとりができた気がする。

 

・・・書籍『誕生日を知らない女の子』で、ある里親さんのところへ、赤ちゃんと実母さんがともに住むことになるが、実母さんがいなくなってしまった、というくだりがある。この本も里親さん方が粘り強く子ども達とかかわって下さる様子を丁寧に取材されて書かれてる。何度でも子どもの側の私を育てる視点で読める。でも違う視点をもとうとしたなら、失踪した実母さんがどうなったかも気にかかる。
『養子でわくわく家族』でも、幼児さんを育てている養母さんのところに、実母さんが亡くなった電話が児相から来るくだりがあるが、委託を実母さんが了承し子どもは委託先でケアされていても、実母さんはどうだったのか。短くてもいいから何か言葉がほしいと思うようになった。

里親関連の文を充分に読んで自分で自分を育てる事を学んだので、今度は少しずつ実母さんへの支援とはどういうものか読んでいきたい。

(あと、細かいことではあるけど自分は子どもの視点に立つ時は生みの母、母の視点へ立ちたい時は実母さんと書いたりしている)

 

(追記)

それと、大阪のドーンセンターや東京ウィメンズプラザには読み返したい福祉関連の会報・雑誌類がいくつもあって、国会図書館にないものもある、と思う。ウィメンズプラザで一般が読めるので、個人情報はしっかり守られているのだけれど、(多分)ウィメンズプラザだけにあり、国会図書館にないものもあり、自分が、ここに重要な会報が沢山あると言って良いか、迷ってる。タイトルを書いていいか迷う。

情報を求めてウィメンズプラザへ行く者は私以外にもいると思う。会報は、DV被害者のシェルター関連のものもあり、警備の方も時間ごとに見回っている。ここでしか無償で読めない会報類を、読みに来るのは危険が少ない方々かもしれない・・・。貴重な会報が多いと書くのは、いくらかでも危ないのか、わからない。
多くの重要な会報の中で、一人ひとり、これだけでもと思うものを購読するのだと思う。国会図書館にもあれば、無償で多くの会報を読みたい時、紛れ込めるかもしれない・・・。
私がもし危険に晒されていたなら、東京ウィメンズプラザへ行けなかったと思う。そうまでして会報を読みたい人はいないかもしれない、でも・・・。会報類には叡智がつまっている。
少しでも安全に多くの人が読めたらいいので、ウィメンズプラザにある会報は、国会図書館へ置けるようになってほしいと思う。

施設にいた子に対して隣り合わせであるはずの全ての福祉について

より深く考えたい時に思うことがある・・・
私は施設にいた子に対して隣り合わせであるはずの全ての福祉について知識を深めたい。
里親関連本は、あるきっかけで7割ほど読むようになったのが2016年〜。
読み始めたらすでに多くの里親関連本があった。里親へ行ける子はこれからも増えていくと思う。

 

もう1つ、私は知りたい、これから実の母への支援などもより増えてくれるのか。少しずつ私はまず女性福祉について理解を深めたい。実母さんへの支援も里親さんへの支援も増えてほしい気持ち。

 

私は里親ということばを知ってから、大阪の家庭養護促進協会の機関紙『あたらしいふれあい』を知るまでに5〜6年かかった。即、購読した。自分のことと思わなかったので検索しなかった事や、長期記憶として残るほどには里親団体を知らなかった事が背景にある。
まず里親制度について読みたいのだと、これが自分の人生で知りたかった事だとやっと気がついてから、ある里親関連の集まりで、東京ウィメンズプラザに会報類が多いと教わった。

 

近くの男女参画センターは行ったことがあったけれど、都のウィメンズプラザの資料の部屋に、女性福祉の会報や雑誌や資料が並んでいるとは全然思いもよらなかった。近くの男女センターより全然多い。15以上は読みたいものがある。

 

確か2018年ごろから、国会図書館で過去のふれあい紙が読めるようになった。それでじっくり読んできた。
2016年以前は里親・福祉本を全く読まなかった。たぶん私は自分の人生を歩むために、共に過ごしてた子ども達の母やこの世界はどんななのかと感じ、納得して歩んでいきたいのだと思う。

 

はじめて大きめな図書館の福祉の棚へ行ったのが2018年3月下旬ぐらい。

(それと、目を少々わずらって登録したサピエ図書館で、養子と検索して死刑囚を養子にした牧師女性の本を知ったと思う。)

そこで、ここはじっくり読もうという気持ちにさせられる本があった、
たしか、
母である大人女性一人ひとりをねばり強く、「心は2歳のお母さん」としておかずを作ったりする。子どもの着替えや洗顔、保育園の送り迎えなど丁寧に全てを代わってやり、2歳の母はこんこんと眠る。1年半ほど過ぎた頃、「このように安心して眠り慈しまれた事は生まれてから1度もなかった」と母が言い少しずつ力が育まれて、子どもにどうしたらいいかわかって、動き出せるようになった話・・・。

(あとで書籍名を見直したら『母子寮と母子生活支援施設のあいだ』という本だった。)

 

私は特に、私の子ども時代、あの場所にいた小さな子達の事を気にかけている・・・
でも同時に(少し読んだだけだけど)実の母への支援関連本を読むと、福祉支援の必要な母とは、子どもとして慈しまれた事が1度もない、そうされてほしい存在なのだと私個人は思った。
私は母ではないけれど、自分を慈しみ育てることに専念したいと思う。



女性福祉やジェンダーや依存症に関する報告書の紹介

里親制度について応援しているような方々は、じっくりと里親に関する書籍を読んだりもされていると思う。なので今回はいくつか女性福祉に関する報告書等を紹介したいと思う。

 

『依存症者に対する地域支援、家族支援のあり方についての調査とサービス類型の提示—依存症に関わる回復支援施設の現状,家族問題,ジェンダーに注目して—』平成 22 年度 障害者総合福祉推進事業報告書

https://www.mhlw.go.jp/bunya/shougaihoken/cyousajigyou/dl/seikabutsu28-1.pdf
まずこれ一冊を、ネットでも読めるので読んでみて欲しいと思う。

 

 

図書館で里親関連本や会報を読むと、施設では、ここは地獄と言う子や、里親のところへ行きたいと願い行ける子がいたり、逆に里親制度を望まない子や、それより実母はどうしているのかと特に考え悩む子など、一人ひとり多岐にわたり、大人でも難儀するような矛盾の中にいる。私は「自分は里親制度が何より好き。私は里親さんのところへ行きたかった」とすっきり言えるまでに長い歳月を必要とした。

 

それと、今はさらにだんだんと、このようにも思っている。

少なくない里子が、里親に産みの母の安否をおもんばかって心配しているような話を里親に受け止めてもらっている文を読んだ。 

そういうような時に、(若年)女性が子どもを手放さねばならない背景に何があるかも考えて欲しい。

子ども期の虐待やネグレクトや様々な暴力があるかもしれない事、
薬物・処方薬物・アルコール依存であればその背景に、子ども期の暴力被害があるかもしれない事、
(あるいは加害や性的非行少年にも、虐待被害者や学校でのけ者にされるなどがありうる事。)
その者たち全てを1人も取り残さず支援しようとしている女性福祉や人権の分野が、どれほど辺境にある中でこつこつと行動を続けてくれているか、をおおまかに知ってくれていれば、良いなと思う。産みのお母さんの背景を考えてみる事で、委託の子どもから産みの母はどうしているだろうという話が出た時の返答に、深みが出ると思う。

 
『依存症者に対する地域支援、家族支援のあり方についての調査とサービス類型の提示—依存症に関わる回復支援施設の現状,家族問題,ジェンダーに注目して—』平成 22 年度 障害者総合福祉推進事業報告書

https://www.mhlw.go.jp/bunya/shougaihoken/cyousajigyou/dl/seikabutsu28-1.pdf
まずこれ一冊を、ネットでも読めるので読んでみて欲しいと思う。


p53
>私たち、依存症女性のサポートをしている者たちは、どうも、「当事者たちには男女ともに性暴力の問題 があるな」ということを意識

とある。入門としても分かりやすいし、何度読んでも発見がある。
(フラッシュバック、過去の辛い事のよみがえりがある方は、お気をつけ下さい。私は発見もあるし過去記憶のよみがえりもある本なので、心身の調子に気をつけて自分を大事にして休息をとりながら、数年にわたって読んでいます)

 

記事を読める時に読みたいので消える前に引用

www.sankei.com

 

下記引用

 

施設内で子供同士の性暴力 神奈川の5県市で159件
2019.3.6 18:24|ライフ|教育
 
情報公開請求で、児童福祉施設内で起きた子供間の性暴力の実態が一部明らかになった

 

 虐待などを理由に親元で暮らせない子供が入所している神奈川の5県市の児童福祉施設などで、子供同士で起きた性暴力に関する報告が平成27~29年度の間に計159件あったことが6日、産経新聞が行った県や3政令市などに対する情報公開請求などで分かった。

 
 性暴力が発生した施設では、全子供に聞き取り調査をするなどの対応が取られているが、関係者は「モグラたたきで未然防止の対策が不十分」と指摘する。施設関係者らが抱えた“パンドラの箱”を多くの大人が開けるのを避けてきた実態が浮かぶ。
 
 情報公開請求などは神奈川県と同県内の3政令市、中核市である同県横須賀市の5県市がそれぞれ運営する児童相談所(児相)に対して、各児相が子供を入所させている児童福祉施設と一時保護所で過去3年間に子供同士で起きた性暴力の内容が分かる報告書の開示を求めた。「事故報告書」からは、被害・加害の内容が一部判明したが、性別や年齢、関わった子供の数など、概要の多くは黒塗りで開示された。
 
|「昔からの問題」
 報告書の内容として、自慰行為を補助させる▽下半身を見せる・触る▽性的虐待に相当する行為-などがあった。同性同士による行為や3人によるものもあった。担当の児相職員は「遊びの延長線上で互いに見せ合ってしまうようなケースもあれば、明らかに被害・加害の関係性がある事案もある」としたうえで、「加害の子が本当に加害だけなのか。背景を非常に深く考えないといけない」と問題の根深さを語る。
 
 これらの報告書に対し、被害者の支援などを行っている民間団体「施設内虐待を許さない会」の竹中勝美事務局長は、職員が気付いていない潜在的な子供同士の性暴力の存在を指摘する。

 

https://www.sankei.com/life/news/190306/lif1903060038-n2.html

2ページ目引用


 竹中氏は「子供間の性暴力は、昔からの問題だった。にもかかわらず、多くの関係者は積極的な対策を取らず、黙認し続けてきた」と指弾し、「性暴力や虐待は魂の殺人。子供たちに残す傷は深く、人生を破壊する。発覚した事案に対処するだけではなく、施設内の暴力を根絶する環境整備、学校や児相との連携が必要だ」と語る。


|加害者も被害経験
 児童養護施設では、子供たちの年齢や理解力に合わせて、良いタッチ・悪いタッチなどを教える「性(生)教育プログラム」などが取り入れられている。健全な成長を支え、性への理解を深めてもらうためだ。


 同プログラムを実施している県内のある児童養護施設に務める女性職員は「性の授業をやっていたが、事故を防げなかった」と打ち明けた。その性暴力では、小学校高学年の男児が女児に下半身を触らせた。


 「女児は、男児のことが嫌いではなかったが、その行為は嫌だった。被害者側が、いざというときに『ノー』と言えなかった。加害者側も相手が嫌だと思っていたことを察知できなかったうえに、衝動を抑えられなかった。それで被害者と加害者の関係になってしまった」と女性職員は推測する。


 男児は、親が精神疾患を抱え、包丁を投げられるなどの身体的虐待を受けていたという。女性職員は「加害者自身もいろいろな被害を受けて施設に来ている。親からの性暴力や、目の前で性行為を見せられたかもしれない。でも、そこまでは子供に聞けない」といい、「性的事故を起こしてしまう子供たちは、何かしらダメージを背負っている。子供が性的被害者・加害者になってしまうのは、いずれも大人の責任だ」と、語気を強めた。

 

https://www.sankei.com/life/news/190306/lif1903060038-n3.html

3ページ目引用


|プライバシーを守り
 性暴力が発生した場合、施設や児相が連携をして、ケース・バイ・ケースで対策を取る。しかし、川崎市の担当者は「性的被害者・加害者双方のプライバシーを守らないといけない。同じ施設内の児童に対する聞き取り調査などでも、当事者の特定や偏見などの二次的被害につながる可能性がある」と懸念を示し、対応の難しさを語る。


 一方、同市の児童家庭支援・虐待対策室の担当部長で精神科医の大塚俊弘氏は「大人がそれを言い訳に、対処できない理由にしている側面もあるのでは。個別にはしっかり対応していても、真っ正面から予防に取り組んでいないのが実情。無意識か意識的か分からないが、関係者は目をつぶってきたのかもしれない」とし、「児相による定期的な聞き取り調査の実施や、犯罪行為から身を守る方法などを子供たちに伝えることが必要だ」と話した。


 【児童福祉施設
 虐待や経済的な事情などを理由に、親と暮らせない原則18歳未満の子供らが生活をする施設。児童養護施設児童自立支援施設、知的障害児施設、盲ろうあ児施設、肢体不自由児施設などを合わせて児童福祉施設と呼ぶ。

 

引用終わり