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www.sankei.com

 

下記引用

 

施設内で子供同士の性暴力 神奈川の5県市で159件
2019.3.6 18:24|ライフ|教育
 
情報公開請求で、児童福祉施設内で起きた子供間の性暴力の実態が一部明らかになった

 

 虐待などを理由に親元で暮らせない子供が入所している神奈川の5県市の児童福祉施設などで、子供同士で起きた性暴力に関する報告が平成27~29年度の間に計159件あったことが6日、産経新聞が行った県や3政令市などに対する情報公開請求などで分かった。

 
 性暴力が発生した施設では、全子供に聞き取り調査をするなどの対応が取られているが、関係者は「モグラたたきで未然防止の対策が不十分」と指摘する。施設関係者らが抱えた“パンドラの箱”を多くの大人が開けるのを避けてきた実態が浮かぶ。
 
 情報公開請求などは神奈川県と同県内の3政令市、中核市である同県横須賀市の5県市がそれぞれ運営する児童相談所(児相)に対して、各児相が子供を入所させている児童福祉施設と一時保護所で過去3年間に子供同士で起きた性暴力の内容が分かる報告書の開示を求めた。「事故報告書」からは、被害・加害の内容が一部判明したが、性別や年齢、関わった子供の数など、概要の多くは黒塗りで開示された。
 
|「昔からの問題」
 報告書の内容として、自慰行為を補助させる▽下半身を見せる・触る▽性的虐待に相当する行為-などがあった。同性同士による行為や3人によるものもあった。担当の児相職員は「遊びの延長線上で互いに見せ合ってしまうようなケースもあれば、明らかに被害・加害の関係性がある事案もある」としたうえで、「加害の子が本当に加害だけなのか。背景を非常に深く考えないといけない」と問題の根深さを語る。
 
 これらの報告書に対し、被害者の支援などを行っている民間団体「施設内虐待を許さない会」の竹中勝美事務局長は、職員が気付いていない潜在的な子供同士の性暴力の存在を指摘する。

 

https://www.sankei.com/life/news/190306/lif1903060038-n2.html

2ページ目引用


 竹中氏は「子供間の性暴力は、昔からの問題だった。にもかかわらず、多くの関係者は積極的な対策を取らず、黙認し続けてきた」と指弾し、「性暴力や虐待は魂の殺人。子供たちに残す傷は深く、人生を破壊する。発覚した事案に対処するだけではなく、施設内の暴力を根絶する環境整備、学校や児相との連携が必要だ」と語る。


|加害者も被害経験
 児童養護施設では、子供たちの年齢や理解力に合わせて、良いタッチ・悪いタッチなどを教える「性(生)教育プログラム」などが取り入れられている。健全な成長を支え、性への理解を深めてもらうためだ。


 同プログラムを実施している県内のある児童養護施設に務める女性職員は「性の授業をやっていたが、事故を防げなかった」と打ち明けた。その性暴力では、小学校高学年の男児が女児に下半身を触らせた。


 「女児は、男児のことが嫌いではなかったが、その行為は嫌だった。被害者側が、いざというときに『ノー』と言えなかった。加害者側も相手が嫌だと思っていたことを察知できなかったうえに、衝動を抑えられなかった。それで被害者と加害者の関係になってしまった」と女性職員は推測する。


 男児は、親が精神疾患を抱え、包丁を投げられるなどの身体的虐待を受けていたという。女性職員は「加害者自身もいろいろな被害を受けて施設に来ている。親からの性暴力や、目の前で性行為を見せられたかもしれない。でも、そこまでは子供に聞けない」といい、「性的事故を起こしてしまう子供たちは、何かしらダメージを背負っている。子供が性的被害者・加害者になってしまうのは、いずれも大人の責任だ」と、語気を強めた。

 

https://www.sankei.com/life/news/190306/lif1903060038-n3.html

3ページ目引用


|プライバシーを守り
 性暴力が発生した場合、施設や児相が連携をして、ケース・バイ・ケースで対策を取る。しかし、川崎市の担当者は「性的被害者・加害者双方のプライバシーを守らないといけない。同じ施設内の児童に対する聞き取り調査などでも、当事者の特定や偏見などの二次的被害につながる可能性がある」と懸念を示し、対応の難しさを語る。


 一方、同市の児童家庭支援・虐待対策室の担当部長で精神科医の大塚俊弘氏は「大人がそれを言い訳に、対処できない理由にしている側面もあるのでは。個別にはしっかり対応していても、真っ正面から予防に取り組んでいないのが実情。無意識か意識的か分からないが、関係者は目をつぶってきたのかもしれない」とし、「児相による定期的な聞き取り調査の実施や、犯罪行為から身を守る方法などを子供たちに伝えることが必要だ」と話した。


 【児童福祉施設
 虐待や経済的な事情などを理由に、親と暮らせない原則18歳未満の子供らが生活をする施設。児童養護施設児童自立支援施設、知的障害児施設、盲ろうあ児施設、肢体不自由児施設などを合わせて児童福祉施設と呼ぶ。

 

引用終わり

 

自分をいとおしむ

私は里親さんという言葉をお守りのようにして毎日をすごしてきた。自分が何もできなかったことや、こうであったら、と思うことがある。小さな子を慈しんで育ててくれる里親さん方と、育て親を探す方たちがいるのを知ったことは私の人生で大きいことだった。里親さんを知って枷がとれて、もっと積極的に自己自身を育てていこうと思えた。

 

自分をいとおしみ、はぐくめれば・・・。そうなれるには育てはぐくんでくれた人がいないと難しいし、その能力が高いか育っていないと難しいと思う・・・。

一人ひとり違う存在だから、一人の個人が何を特に大事に考えるかは千差万別な気がする。千差万別さを大事に考えたい。

 

私は、小さい子どもたちがずっとネグレクトされ暴力空間に居させられたことも、惨いと思ったというような気持ちがある。暴力場面のフラッシュバックなどもあり、里親さんを知ってから、もしもあの子が里親さんのもとへ行けていたら・・・と思うようになっている。

 

里親さんの言葉を読んだりして、それを自分育てに活用している。自分をわが子のように慈しみ、自分の要望に気づいて、必要なものをあげたり、わが子の私が行きたいところへ小旅行したり、子どもの私に好きに語らせたり。

 

じっくり死や人生を考えた時に、私を少しでも良い方向へ引きとどめるものがある、自分が自分の人生へずぼらにこつこつ歩み出せるものがある、それを大事にしたい。

砂浜で小石を拾いたい

自分のあるいは誰かの自殺について考えるとき、非常に苦しく、果てしなく苦しく、全ての人が何か個人的に軽くない悩みを苦しむのだろうそれなら一体どういうこと?と思う。

わたしだけでなく全ての人が、このように個人的な苦悩を苦しむと思わないとやってられない。それに心がはじけ飛ぶような感じなので、苦しみを忘れて、じっくりと個人の楽しみを楽しんで、ちっちゃい子みたいに何度も集中して、無心に帰らないと、わたしはやってられない感じ。子どもの頃されたことを誰かに知られたら、壊れてしまって二度と戻って来られない気がする。

 

小石を一心不乱に拾いたい。さい頃、さい落ちているものを拾うのがだいすきだった。これは私の人生ですごくえたい。え直したい。

 

子ども本人が里親へ行きたいと言って、その希望が通ることがあるとか。幾たびか聞いたり読んだりする話なのだけど、私には、想像を超えている。本人の実体験の語りが、真実なのだと思う

 

砂浜で、河原で、このことを存分に想いたいし、無心に小石も拾いたい。

人がそれぞれ、自分の気持ちを大事にする時間、怒りや悲しみや喜びを全ての心を安全の中で感じる時間、建設的に奮闘できる時間、無心になれる時間、ひたすらのんびりする時間、そんな個人の時間が、人々にありますようにと祈りたい。

 

(もしできたら、自分だけの想いをもってみたい。途方に暮れてる子どもの時、大人が、このまま子ども同士阿鼻叫喚の中に過ごさないで良いと言ってくれて、里親へ行く権利もあると教えてくれること。私が、共にすごす小さい子達についてショックを受けていることを知ってくれて、小さい子達が里親へ行ける世界もあると教えてくれること。自分だけの想いをもっても、いけないことではない、それは建設的な良いことだという風に言ってくれること。)

 

 

養育家庭(ほっとファミリー)体験発表集3年分が国会図書館に

『養育家庭(ほっとファミリー)体験発表集』の2015、2016、2017年度が国会図書館に寄贈されているのを今、確認しました。(年1の報告書的なものと捉えていたけれど国会図書館の分類では雑誌になっている)

(雑誌でも納本があるものは多分)1冊から、欠番を寄贈できると思います。私は手持ちがなし・・・。ネットに発表は多分アップされていたけれど、あらゆる資料の納本協力を法律で求めている国会図書館に置くのは広報に良いと思うし、配布のものを持っていてより多くの人の目についてほしい人や、国の知的財産として永代保管してほしいと願うような一般でも寄贈が可能なのは、シンプルにとても嬉しい。

 

それとだいぶ前にどこかで、里親関連の方が製作したちらし(意見要望や勉強・研究的なまとめ的な内容)のようなのがあって、自分もよく読みたいと思ったのだけど多分枚数がなく読めなかった。ちらしは国会図書館に寄贈不可ではあるけれど、数は少なくても折りたたみ型か冊子型のものも作れば、もし枚数が足りず場に回らなくても、国会図書館に置いてあるのでもしよかったらそこで見られる、と言えると思う。

自分は視覚障害に関する報告書のようなものを一般寄贈申請中で、近いうちにそれも許可されて国会図書館検索が可能になると思う。

本当に細やかなことだけど、千里の道もまず一歩から、の思いです。

 

 

内側の多様な意見の矛盾が大丈夫になった。

翻訳の書籍「KID」では、養子縁組団体の待合室で、里親のニュースレターが読めていた。日本で大人は、私は会報を買える。里親に関する一般向けの講習や集いにも行ける。全ての児童相談所に家庭養護促進協会の会報が送られている。でもそれを子どものうち、早いうちに読めた子、適切に情報をもらえた子はどれぐらいいるんだろう。不妊に関して大人達が、里親制度は早くに、適切な時期に知らされたかったと語り、それを受けて医療者側が伝える取り組みを進めるようになったと読んだことがある。

 

もし里親さんが里子さん養子さんを、委託された子どもさんを育てていれば、小さいうちから「あなたがここに来てくれて本当に嬉しい」という風に真実告知をしてくれる。研修や里親サロンで里親さん養親さん方は情報を得られるし、サロンやキャンプで、委託された子ども達は同様の子ども達と自由に語れて、里親制度や自らが養子だということについて把握していけると思う。

 

大人になって長い時が過ぎてから、私は頑張って、里親さん委託の子ども達のキャンプの事も、母子が離れずにトータルなサポートを受けたりしながらそのような母と子が行けるキャンプのことも、読みたいと願えるようになった。

自分の知らないことが膨大で、ファミリージャスティスセンターというものは、昨日(2019.1.8)知ったし・・・。(2017年にある人から東京ウィメンズプラザに里親情報資料も多くあると教わり、資料の棚の所で男性学会議の報告集というのをふと手にとって、それから自分の加害性について学びたくて『DV加害者アプローチについて』の報告書を棚から手にとって、その中で、どの内容でもたらい回しにされないためのワンストップの、ファミリーバイオレンスケアセンターという単語を知った。)

 

どちらもどれも重要で必要だから、種類の違いが自分の内心でぶつかる葛藤に、苦しまなくて良いんだと思えるようになった。

時間をかけて、それらのどれもが必要と知ったし、母と子が絶対に守られ尊重されて、言うなら、里親のこととか全ての難儀なことに悩まされずにトータルに守られてほしいと考えるようになった。(私は里親大好き人間なので特に、里親ではない支援について排除しないようになりたい。)自己の内側の多様な意見の矛盾が大丈夫になった。

小さな子のことを心から祈れるようになりたい

子どもの頃に知らせてもらえなかった里親制度のことをもう少し知りたくて、可能な範囲で里親さんに関することを読んでいる。里親志望ではなくても里親さんのことを知りたい。

 

放置されたままの子ども、暴力的な子、被害を受けている子どもも、いたと思う。

いた、と言えるようになりたい。いない、雑作もないことだ、と思おうとしてエネルギーを使ってしまっている。とても強い、嘘だと思いたい気持ちがある。もし私達子ども達にもっと、世の中に里親さんがいると知らせてもらえていたら・・・。「自分も里親さんのところへ行きたい」と言える例を、いくつか知るようになり、希望だと感じてる。私は施設で忍耐できる、でも小さい子にはやはり施設はそぐわないと思う。ある資料を読んだら、ある外国では施設にいる子が、里親がしている相談先へ電話をかけられる内容だったと思う。

 

私がいくら全ての子どもと距離をとっても何にもならなかった。建物内で子ども何人かが騒いで、迷惑したり怯えたり被害を受けたり見たりする子を、誰も何もできない。

上下関係や、弱い子への集団からのアタックなどを注意している施設なら・・・ううん、でも小さい子は最初から里親さんのところがいい。7歳の子でも、2年も(粗暴な)施設にいさせたくない。特に性非行の渦中に入らせたくない。

ここは性非行が本当に多いと、大人女性は言っていた・・・。でも、嘘だと思いたい。

私は懸命に全ての子から距離を置くだけで、外の誰かに言おうともできなかった。今も性に関する話は、もうしたくない、できない、なのにふっと沸き起こる。被害を受けている子がいた、と言えるようになりたい。

 

そして里親志望ではなくても、里親さん関連のことをもう少しだけでも知っていきたい・・・。小さな子のことを、心から祈れるようになりたい。

男女センターの人権に関する図書案内ちらしがすき

大阪のドーンセンターにふらりと立ち寄り情報ライブラリーの図書紹介ちらしを見つけた時、嬉しかった。私は大阪で初めて手に取ったので。わたし個人の隠さねばならない子ども期の痛みの部分が、見落とされていない感じがしたし、人権の項目について網羅している感じがして、自分が不勉強で見落としがちなため有り難かった。

自分はアナログ人間で、ネットでも見られると今日下記全て打ち込んだ後に知りました、ぜひドーンセンターのサイト(テーマ展示の文字ボタン)で見てください。横浜男女参画は、サイトからライブラリをクリック→下の方のテーマ別資料案内の文字ボタンをクリック。

 

今手もとにあるものは (順不同。日付はここに記載した日付の前や後のものもあると思います)

『女性に対する暴力をなくす運動』作成2017年11月

『よりよい関係をつくるために 〜交際相手からの暴力防止〜」作成2017年7月

『虐待・貧困・いじめ・・・ 子供のSOSを受けとめる』作成2016年7月

(誕生日を知らない女の子、もありました)

『わたしが決める わたしの人生』作成2017年7月

『おとなもこどもも 自分らしく』作成2017年9月

『〜シングルマザーのあなたへ〜 知って起きたい 子育てと仕事のこと』作成2017年6月

平成28年度「国際女性デー」関連イベント 絵本『世界中のひまわり姫へ』朗読会 関連資料 〜未来をひらく「女性差別撤廃条約」〜』2017年3月4日(土)開催

『多様なセクシュアリティを理解する』作成2017年11月

『女性の活躍推進のために』作成2017年9月

『女性の労働と貧困問題 活躍したくてもできない現実を変えるために』作成2017年6月

『妊娠・出産・不妊と生殖補助医療のいま』作成2016年12月

『ようこそ! 充実のシニアライフへ』作成2015年9月

『情報を読み解く 〜メディアと女性の人権〜』作成2016年10月

『つらさを自覚してみる。生き方に戸惑いを感じた男性のための本』作成2017年2月

男女共同参画施策に関わる職員のための情報ガイド』作成2017年5月

『DVD・ビデオ』作成2016年7月

『新着資料案内 2017年10月 No.1』2017年9月受け入れ分

ドーンセンターには手前左のほうにDV相談電話番号カード、奥のほうに不妊・里親情報パンフが多かったと思います。

 

男女共同参画センター横浜にも、人権に関する書籍情報のちらしがある。たしか新着図書案内ちらしもあった。

今手もとにあるのは

『フォーラムの相談室が選んだDV(ドメスティック・バイオレンス)資料リスト』2017年11月作成

 

アウェアネス・リボン(Awareness ribbon)〜リボンがつなぐ気づき〜』2018年11月 見開き

(内容・項目)

パープルリボン:女性への暴力根絶

オレンジリボン:児童虐待防止

オレンジリボン:反人種差別

ビンクリボン:乳がんの啓発

ティール&ホワイトリボン:子宮頸がん・子宮がんの啓発

レインボーりぼん:性的少数者への理解・賛同

イエローリボン・障がい者支援

シルバーリボン:うつ、統合失調症パニック障害など脳に起因する病気・障がいへの理解促進

パズルリボン:自閉症への理解促進

 

『仲間とともに生きていく 〜自助グループが選んだ本〜』2017年9月 2018年7月改訂 見開き2枚閉じ

(内容・項目)

自助グループとは何かを知りたい人へ

生きづらさを感じている人、発達障害が気になる人へ

性の傷つきを体験した人へ

DVの被害を受けた女性へ

育児の悩みがある方へ

飲酒をやめたい当事者、その家族、関係者へ

ギャンブル依存症者、その家族、本人へ

共依存に悩む人へ

機能不全家族で育った人、アダルトチルドレン

感情・情緒的に良くなりたいと願う人、より良く感情とつきあいたい人へ

ひきこもりのある人、ひきこもり経験のある人へ

摂食障害の人へ

敏感で感受性が強いため疲れてしまう人へ

化学物質過敏症の人へ

12ステップ(回復への道)について知りたい人へ

 

風呂でのこと

念のためフラッシュバックにご注意ください。

 

 

◇◇◇

 

 

何歳か下の女の子が私の左側から、私の体を触れてきた時、

 

その子を振り払って、体を引いて、髪と体の泡も流しきらず、
お風呂にも浸からずに私は脱衣所のほうへ出たと覚えてる。

 

自分から年下の子どもへ触ろうと向かっていった事は一切ない。
でも廊下やトイレなどでの何人かでの引っ張り合い、取っ組み合いでは、
体を引いても中々抜け出せなかった。何もなかったけれど。
私はこのトイレのドアを内側から見た映像だけはすごくフラバするけど、
そのほかは覚えていないことも多く、怖い。

 

浴場で、座って自分を洗っていて、急な相手の感触に気味悪くなって
体を引いた時、私は風呂いすに座っていたから性器同士の接触がない事は確かであっても、
相手の性器あるいは体がどこまで自分の左半身に触れたか、私は記憶がない。
力があたってきて、反動、衝撃があったような事は覚えている。

 

誰か大人に、触ってくる子がいて嫌だ/あるいはやめてほしい、のどちらかのような
言い方をしたと思う。大人は、よくある事だからというようなさらっとした反応しか
なかった。対処してくれる人に会えるまで諦めずに大人に言い続けなければ
ならなかった筈。でも、めげてしまった。

誰かが触れてくる事ならよくある。風呂では何人かがいて誰かが誰かに触れていてお湯がゆれてあふれたと思う。
私のことを大人に告げるような性格だとみて、触って、
自分のされた事を伝えたのだろうかと
いうことも、考えてしまう。これら起きたことを重要視したくない気持ちもある。もう十数年以上過去。

自分の記憶は生涯、ここまでしか出ないと思うので、

風呂でのことは読み返せるところまで回復したいし、

起きたことが何か知るのが生涯、不可能な事も視野に入れて覚悟したい。

日本全国で大阪府・市の子どもが里親に迎えられている

少しずつ機関紙「あたらしいふれあい」を読み進めてる。(東京の国会図書館にあります)

とても読みたいし、読めて嬉しいのに、

読み進めるのがつらい時がある・・・

 

その感じをありのままに観察してみる・・・

お茶でも飲みながら。

何がつらいのか分析してみたり・・・(私は過去、あんな小さな子たちがああいうままでいるのを見て、ぞっと怯えてしまったんだろう、大人が里親さんのことを知らせてくれて、乳幼児さんがせめて施設は短期で、里親へ行けていれば絶望しなかったかもしれない。私は里親の充実した国々もあることや勧告などもあることを知らず(さらに言えば人権の守られない全ての子どもが生き永らえるためにした行動が厳しく取締られてケア無しなのを外国にどん引きされたりしてるらしい)、日本は施設で暮らす確率が多くて、施設病のような状態を、誰もかえりみてはくれないのか?と狼狽したんだろう。小さい子に固定の里親さんがいない建物で、子供達と暮らすことは、私には本当につらく悲しく怖いことだったんだ。私は、知らない人からの被害や、家族との課題は、長い年月かけて調整していけることだったのに、小さい子達には何もない気がする。それを思い出す。)

 

つらさの感覚がお腹らへんにあったので観察したり・・・

今は、手や肩は羽のように元気なので、焦点をあててみたり。

 

誰かが私に機関紙をはいっと渡してほしかった。

読めるところを教えてほしかった。

 

 

大阪府・市の子どもを委託したことのある全国の児童相談所によびかけての里親担当者会議が、平成27年で27回目になっている事も最近知った。

http://ainote.main.jp/syadan/joho/h28/h27-houkoku.pdf

上記リンクのp14の参加児相のところを引用。

青森県中央、福島県浜、埼玉県南、埼玉県川越、さいたま市、東京都児童相談、 横浜市中央、横浜市南部、浜松市、愛知県西三河、愛知県豊田加茂、三重県児童相談、 三重県中勢、滋賀県中央、京都府家庭支援総合、京都府宇治(京田辺支所)、 奈良県中央、奈良県高田、兵庫県中央、兵庫県豊岡、神戸市、岡山県中央、岡山市広島県西部、広島県北部、徳島県中央、香川県高知県中央、長崎県大阪府中央、 池田、吹田、東大阪、富田林、岸和田、堺市大阪市

1日目 34児相(39名) 2日目 36児相(38名)」

 

 

とのこと。「あたらしいふれあい」には、

迎えた子どもを育てる里親・養親さんの話が

丁寧に書かれているから、

子どもの自分に何がかったのか、今どう自分を育てたいか

を把握するためにも、じっくりと読んでいきたいと思う。

 

 

 

 

季節里親・週末里親から養育里親・養子里親になった話

季節里親・週末里親から養育里親・養子里親になった話をいくつか。書籍『あたらしいふれあい第2編』、p64〜。(本文抜粋ではエピソードがとぎれとぎれになるので私の言葉に変えて説明)

 

5歳のMちゃん。お正月里親にMちゃんを迎え、おおわらわで過ごしたのち、考えに考えて覚悟をし養子里親になる決心をしたAさん夫妻。

 

外泊をくり返し、夏頃にAさん宅にひき取られた。施設では自分一人で服を着たり、一人で食事をこなすMちゃん。それに大抵の1回限りの季節里親は、子どもはいい子ちゃんで頑張り、その子らしさを半分も出さないのだそう。

 

でもMちゃんはお正月、好き放題をし好きな時間に寝て起きて、食事はすべて食べさせてもらわないと食べず服も着させてもらう。

 

外泊時もそうで、それでいて外泊から施設へ帰るたびに施設生活のスケジュールにぴったりと自分を合わせる。

 

養子として育てたい気持ちが決まってからは、そんなMちゃんをすっきりした気持ちで受け入れたAさん夫妻。赤ちゃん返り、愛情のたしかめの行動、反抗期を一度に5年分出してくるMちゃん。絆をつなぐための戦い。

 

そして月日が経ち、随分落ち着いた。今では奥さんのまわりを走りまわる活発なMちゃんには、幼児の施設での消え入りそうな表情のMちゃんを重ね合わすことは難しくなったのだそう。

 

◇◇◇

 

機関紙「あたらしいふれあい」2013年4月20日、p7より引用

大阪府里親支援機関だより

(略)特に印象深かったのは、支援機関でマッチングをした2組の週末里親さんが、養育里親になることを決断されたことです。(略)

 当時6歳のAくんとBさんが出会ったのは平成23年の5月。発達に遅れがあり、おねしょはほぼ毎日。嫌なことがあると家中に響き渡るような大声で泣き叫ぶAくんでしたが、Bさんはどんな困ったことでも笑顔で話され、Aくんとの関わりを楽しんでおられました。

(略)

 当時中学2年生のCちゃんとDさんは、平成23年度の冬季2泊3日里親で出会いました。2泊3日を楽しく過ごしたCちゃんでしたが、一番の希望は里親さんの家で生活することだったため、週末里親としてDさんに継続して関わってもらうのか、養育里親として引き受けてくれる里親さんを待つのか、悩みました。悩んだ末、Cちゃん本人がDさんに週末里親として関わってもらうことを決断し、活動が始まりました。そんなCちゃんの気持ちを知ったDさんは、活動が始まるとすぐに子ども家庭センターへ行き、研修を受け、Cちゃんを養育里親として迎え入れる準備をしました。そして今年の春、Cちゃんは高校生になり、Dさんのお家での生活が始まりました。

 BさんもDさんも、初めは「里親登録までは踏み出せないが、週末里親ならできるかも」という気持ちで協会に来られました。子どもと出会い、たまたま双方の事情が許したことで養育里親となられましたが、養育里親も週末里親もそれぞれに役割があり、子どもにとって必要な存在です。BさんやDさんのように、「まずはできることから」と一歩動かれることで、一人でも多くの子どもに出会いのチャンスが巡ってくることを願っています。(引用終わり)

誰が何をどう思おうが私自身は里親さんをすき

里親さん、里親制度のことを大好きだという気持ちにひたりたい。

 

絆のための戦いを経て、つながりあえた里親子さんのエピソードを読むとうれしくてしあわせで涙がこぼれる。

 

私の心の中にひそむ苦しい気持ちは、なぜあの子や私は里親さんに出会えなかったの?と思う事・・・子ども同士でともに暮らしてしまったので、「この子には私の世話でなく、研修を受けて愛着について学んだよき里親さんの世話が要ったのでは?」この思いが湧き出る。

 

私は誰が何と言おうと

里親さんがとても好きで里親さんのもとへ行きたかった。

でもより小さい子が行って欲しいと思うし、

小さい子の世話を大きい子が無自覚にするせいで、再演的な暴力が増える建物内だった事で、見たくなかった、幼子が住んでいなければ幼子が里親へ行ければ、自分は行かないままで良かった、という境界線のない、小さい子と自分を混同した思いが湧いてしまうし、

誰が何をどう思おうが私自身は里親さんをすき、

という気持ちをじっくり味わおうとすると

大きな恐怖がやってくる。

ここの生活、ありなの?と疑問を持ってはならなかった。

 

本当は世の中には良いものもたくさんある。制度の種類を問わず。

子どもがその子個人の思いを持つのをすてきだと思い、願ってくれたりする人もたくさんいるのだと大人になってから実感するようになってきた。

それに、私は楽観人間。里親さんを大好きな思いに心からひたろうと思う・・・

 

里親さんがすき、こういう風にして欲しかった、という思いは、それがあれば大人になってからでも自分に向けて、自分で自分を育てるチャンスでもある。

 

私は小さい子を大事にできなかった。

なのでどこであっても子ども達が大切にされているのを知ると、とっても、とってもうれしい。

夏季・冬季・週末里親さん

週末里親さんについて。

機関紙「あたらしいふれあい」から、「大阪府里親支援機関だより」の項目を引用メモ

 

 

2013年8月20日、p4。

 この夏も、児童養護施設の子どもたちは大勢週末里親宅に外出、外泊をさせてもらっている。(略)夏休みでも施設に残っている子どもも結構な割合でおり、ますます週末里親へのニーズが増えてきそうである。

 大阪市では週末里親事業として制度化されて、来年20年になる。

 

 

2012年10月20日、p7。

 クールであまり感情を表に出さない小学5年生のA君と、明るくお調子者の4年生のB君の兄弟。夏季2泊3日はとても楽しく過ごしたようで、別れの時は泣いて寂しがり、施設に帰ってからも「また会いたい。次はいつ会える?」と2人して言っていたようです。里親さんと再会した時は、弟のB君は里母さんの顔を見るなりパッと表情が明るくなり、嬉しくて笑いが止まらないといった様子。一方、兄のA君は相変わらずクールな表情をしていましたが、次の外泊の話になると目を輝かせていました。

 

 

2012年12月20日、p7。

 我々支援機関の行なっている主な事業の一つが週末里親事業です。平成21年度より開始し、当初は事業自体が浸透していなかったこともあって、なかなか子どもと里親さんの出会いをつくることができませんでした。しかし、昨年度から夏季・冬季2泊3日里親事業を開始し、そこから週末里親の活動へと繋がったこともあって、今では40組近くの週末里親さんが活動してくださっています。

 

(最近の数はもっと多くなっているのを読んだ気がするけど手元になく、見つかれば書きます。かっこ内ブログ主記す)

 

 

2012年1月20日、p7。

 夏季に引き続き、年末年始を施設で過ごす子どもたちを対象に、冬季2泊3日里親を実施しました。

(略)

 11歳のA君がBさんのお家へ行くのは夏以来。夏のお泊まりではとても楽しく過ごし、「次はいつ来れるかなぁ・・・」と言いながらお別れをしました。Bさんに会うのは半年ぶりでしたが、電車に乗るなり里母さんにゲームの説明をしたり、スーパーでは里父さんとも再会し、買い物袋を分け合ってルンルンで家まで行きました。Bさん宅では犬の散歩、年越しソバ、初詣、書き初めなどを楽しみ、里母さんに薦められた夏目漱石の『坊ちゃん』は20分で挫折。また、生まれて初めて一人でお風呂に入ったそうで、とても良い経験になったのではないかと思います。

 

 

引用終わり。

継続中の週末里親が、東京に何件なのか、大阪に何件なのか、1つの県に何件かを知ってみたい。 

「ふれあい」紙の中に、夏季2泊3日里親か冬季だったか、20人を超える子が行ったというのを読んだ気がするけど今それのコピーが出てこない、探さねば。

2泊3日里親や週末里親から、養育里親になった数も探したい。何件もあるそうなので、私はそれを知った時の心に明かりが灯る感じをもち続けたい。

 

追記、検索したらここに

http://ainote.main.jp/syadan/joho/h28/h27-houkoku.pdf

>夏季には44名の児童が38家庭に、冬季には45名の児童が39家庭に引き取られてい る

とあった!

 

 

 

 

>乳児院では何でもできる賢い子という評価を受け、遊び食べなどほとんどしなかったYちゃん

あたらしいふれあいを少しずつ少しずつ読み返している。

2004年3月20日のp2、3より引用。書いた方は、協会職員の方。初めて担当した子どもさんのこと。

 

>Yちゃんの親子むすび

>Yちゃんは現在、1才10ヶ月の女児で、里親さんに引き取られて、もうすぐ3ヶ月

 

引き取られてから1ヶ月半の頃、家庭訪問での様子。

引き取ってまもなく壁に貼ってあった夫婦だけの写真を見て、Yちゃんは不安そうな様子をしたのだそう。すぐに3人の写真を飾ると安心したような表情をし、2歳にも満たないYちゃんの感覚の鋭さを感じたのだそう。

里母さんと話しているそばでYちゃんは遊んでいて、時々思い出したように里母さんのもとへ走ってきて体当たりし、里母さんは受け止めてソファのほうへ押し返す。Yちゃんはおもしろがって飽きるまで走ってくる。

 

そのあとYちゃんはクリープをコーヒーに入れたがり、手ですくって訪問した協会の人のコーヒーに投げ入れる。コーヒーはあふれる。水遊びのよう。クリームまみれになりながらケーキを食べ、手のクリームをこねてまん丸と笑顔で言うYちゃん。協会職員さんは、上手ね〜と言い、常々里親さんになんでも受け入れてくださいと言ってはいるが、うわっと思ったりもしたのだそう。Yちゃんはそれらの行動を出す人をYちゃんなりに選んでいる様子。一般の人が見れば、どうなのか?と言われそうな事。でも・・・

 

乳児院では何でもできる賢い子という評価を受け、遊び食べなどほとんどしなかったYちゃんが、自由奔放に振る舞っていることに衝撃を受け、帰りの電車を待つ駅のホームで、「Yちゃん、楽しそうで良かったです。でも、話で聞いているよりすごいですねぇ。私には養子は育てられないと思います。」と同行していた☆に断言してしまいました。(☆ブログ主により一応伏字、協会職員の方。)

>Yちゃんのこれらの行動が「ためし行動」と言えるのかどうか分かりません。しかし、生まれてまもなくから集団の中で暮らし、我慢をさせられることが多かったこれまでの生活を吹き飛ばすかのように、「今、やりたいことを、やりたいようにやるのだ!」という嬉々とした様子のYちゃんから、子どもらしさを感じ、爽快感を覚えました。

 

とのこと。ふれあい機関紙を読み返すたびに、私は爽快感や嬉しさがこみあげてくる。大抵1記事がわずか2ページなのですべて引用できればいいのだけどやはりまとめた。でも、ふれあい紙の文はそのまま丸ごと読んだほうが断然伝わりやすい。

 

今の私の課題は、どのような時にしろ、嬉しさを謳歌する感じをすっとずらしてしまう事。身体の内側を観察して、嬉しい気持ちがわいているところにじっくり焦点をあててみている。

子どもの頃に里親さんを知らせてもらえなかったのはなぜ?という問いに関して・2

疑問が出てきたら、まず書き出してみることから・・・。

 

 

・新聞で毎週里親を探す活動をしている事が書かれた「ふれあい」紙を、子どもの頃に見せてもらえなかったのはなぜ?

 

→調べた結果。全ての児童相談所に送ってる。今年前半ごろだったか、関東の7ヶ所ほどの児相に電話して読めるか聞いてみた。里親候補と児相の人のみが見られるらしい。他にも機関紙が送られてくる。保管の仕方は尋ねなかった。良さそうな機関紙は購読したかったが、最初の児相への電話で、送られてきているタイトルも「プライベート」だとかで教えてくれないので、すぐに「ふれあい」紙が読めるかだけに質問をしぼった。

 

→私は2017年に、大阪の図書館に2008年ぐらいまでのふれあい機関紙があると知った。読みに行った。2018年6月に、東京国会図書館に最近10年ぐらいの機関紙の寄贈があったと知り、ほぼ全て読んでみた。自分が大人になってしまっても、里親志望でなくても、子どもの頃ほしかった情報を読めたことは、本当に本当に嬉しい。

 

大阪の図書館に2008年ぐらいまでしかなかったのはなぜ?もし一般が寄贈可能でしたら、お持ちの方、どうか寄贈してください。

 

東京ウィメンズプラザは女性と子どもに関する機関紙、ミニコミ、会報なども個人寄贈を受け付けているそうです。過去の「ふれあい」や、自立援助ホームの「ともしび」などを保管の方、ぜひ寄贈をお願いいたします。

 

国会図書館は国の法律の納本制度で、全ての資料の納本協力をお願いしている。一般の私も所蔵のない冊子類を寄贈した。でも会報類は、私が何より読みたいもので、きっと他にも読みたい人はいる、私だけが特に情報飢餓で孤独なわけではないと思うけど、個人寄贈ができない。一度に会報類を送れば送料は1回で済むので、経済面を考える団体も過去の会報をまとめて送ってほしいと思う。1号だけでもあれば一般が欠番を寄贈OKではある。でも多分一般寄贈は、1部しか寄贈できないので、大阪と東京の2ヵ所へは多分置いてもらえない。何百人か何千人かが購読している会報なら、誰か1人でもストックしていていつかもっと図書館で読めるようになってほしいと願ってる。ミニコミ類を発行するような人権団体はある程度多くて、一般は多分金銭的に、全てのミニコミを購読することはできないので。でも、自分の購読する贔屓の機関紙を越えて、他の機関紙やミニコミや会報を読みたい一般もきっといると思う。)

 

・大阪のドーンセンター(男女参画・青少年)へ行ったら、ライブラリー内に、

1.多くのDV電話相談カード、

2.厚労省の里親ちらし、

3.法律相談情報、

4.いくつもの項目(ジェンダーやDVやLGBTや女性の老いや福祉etc)のライブラリー本情報まとめプリント、

5.奥に不妊情報、家庭養護促進協会パンフ  が配布形式であった。

埼玉の男女参画センターのほっと越谷には、1も2も配布形式であった。

ほっと越谷には、厚労省の里親ちらしが3種あった。なぜ?(嬉しい)

東京ウィメンズプラザに、1と2と4の配布ゾーンはあっていいと思うが、ないのはなぜ?

厚労省に里親ちらしについて電話したところ、どこにどれだけ配布したかの紙をもらえた。大阪などの男女参画にも配布されていると伝えた。東京でも考慮してもらえるそう。

ドーンセンターやほっと越谷は女性と子どものあらゆる事の情報を置こうとしてくれてる感じ。それがとても嬉しくありがたいと思う・・・。自分は里親びいきで利己主義なことに悩むため、男女参画センターで、あらゆる項目を知らせようとしてくれることが何より嬉しいのだと思う。

 

大阪や兵庫や神奈川の男女参画センターで貸し出しOKのもの(本当に読みたい女性の施設の文書)が東京ウィメンズプラザで貸し出し不可なのはなぜ?という問いもあり、電話で尋ねたこともある。「団体図書」になっているから貸し出し不可なのだそう。私はこういうのも、他の府や県でできているのだから現実に、実際的な、達成可能な希望が持てると思うことにしてる。

子どもの頃に里親さんを知らせてもらえなかったのはなぜ?という問いに関して。

子どもの頃に里親さんを知らせてもらえなかったのはなぜ?という問いに関して。

私は急に子どもたちの群れと寝起きを共にするようになってしまい、それが恐ろしかった。子どもたちに近づかないようにしたけれど、食堂へつながる廊下でトイレをしてしまう5歳ぐらいの子や、まとわりついてくる何人かの小学低学年ぐらいの子について、ずっと大きい年齢の自分の姿が思い浮かぶと、私がお世話しなくちゃいけなかったことと世話を放棄したことは二次受傷のような感じがしてくる・・・。(でも、どちらのほうの?)

沢山の子が住んでいれば、大人の目は行き届かず、食事の作り方も郵便配達者が家に来ることも家計のやりくりも自分の人生を考えてみることも知らないままだと思う。そのような子たちがずっと放置されている。私は訳も分からず何も知らされず、時には母の役割をやらされて、安全基地のない小さな子たちを、どうすることもできなかった。親も誰もいない子たちは生まれた時から粛々と大人の役をやらされるのかもしれない・・・。親の来ない子どもたちにはそれぞれ里親さんが必要だと思う。そうでないまま施設に居させられたら、年上の子たちが親の役をやることになり、それは加害につながると思う。私は母の役をやらされたことも全く自覚できなかった。親の来ない子どもたちを、同じ建物内の子どもが世話するのは、いつでも加害の危険があると思う。研修を経た里親さんは里親サロンにも行けるし、愛着障害のことも知っている。でも年上なだけの子どもたちはそんなことは知らないから・・・。子どもの頃に里親制度や色んな支援を身近で知らせてほしかった。里親さんとのマッチングでは、急に子どもが年下の子どもの世話をする役になってしまわないような考慮もされているらしい。